大阪府岸和田市にある田中家具製作所の工房では、桐の板が屋外に並べられていた。

家具の材料は雨を避けて保管するものと思われがちだが、ここでは桐材を雨に当てる。桐に含まれるアクを抜くためだという。

重たい原木は製材され、外に干され、何度も裏返されながら水分を抜いていく。厚い材料であれば、使えるようになるまでにおよそ二年かかる。
「原木から、こう製品になるまで、一貫してここでやってます」

そう話すのは、田中家具製作所の専務であり、大阪泉州桐箪笥の製作に携わる田中美志樹さんだ。

田中家具製作所では、桐箪笥の材料を丸太の状態で仕入れる。そこから製材し、自然乾燥させ、木取りを行い、職人の手で箪笥へと組み上げていく。

多くの工程がある中で、田中美志樹さんが繰り返し語ったのは、木を見ることだった。

丸太をどの方向に挽くかによって、現れる木目は変わる。どの厚みに挽くか、どの部分を側板に使うか、どこを正面に使うか。完成した箪笥の姿は、材料がまだ丸太である時点から考えられている。

「木を見て、どこにこれを使おうとか」

干している桐材を指しながら、田中美志樹さんは「何気なく干してるけど、ずっと木を見てるんよね」と話す。
外に置かれた板は、ただ乾くのを待っているわけではない。反りや縮み、木目の出方、素材の状態を見ながら、次の工程へ移るための判断が重ねられている。

桐の木は、割ってみないと分からない部分があるという。良いところが取れることもあれば、思っていたようにはいかないこともある。その不確かさを含めて、材料を扱う仕事が続いている。

田中家具製作所の創業は1919年頃。祖父の代から桐箪笥づくりを続けてきた。

田中美志樹さんも、小学生の頃から木を干す手伝いをしていたという。ただ、最初から家業を継ぐと決めていたわけではなかった。大学卒業後は三年ほど半導体関係の仕事に就いたが、その後、家業が忙しくなった時期に入社し、桐箪笥づくりに関わるようになった。

入社当時、工房には四十代から六十代の職人が多く、父親からも厳しく技術を教わったという。当時を振り返りながら、田中美志樹さんは「今でこそ感謝してるよ。父親には」と話した。

その中で身につけてきたのが、箪笥の「顔」をつくる木取りの技術である。

箪笥の正面に使われる前板には、特に良い材料が選ばれる。複数の板を合わせても、一つの木のように見えるよう木目をつなぐ。現物を前に、田中美志樹さんは「この木とこの木を合わせて一個の木になるように作ってる」と説明する。

工房では、若い作り手もその工程に関わっている。

田中家具製作所で働く田中寛人さんは、伝統工芸士を目指しながら製材の工程を担っている。外で干している桐材を扱い、裁断し、天井や引き出しの内部に使う部材を、木目を見ながら合わせていく。
田中寛人さんは、技術だけでなく、人とのやり取りについても話した。

「一人が最初から最後まで作れるようなものじゃない」

他の職人とどう意思疎通をするか、どう連携するかも重要だと語る。

桐箪笥は、ひとりの手だけで完成するものではない。材料を見る人、組み上げる人、仕上げる人、納品する人。それぞれの工程がつながり、ひとつの箪笥になる。初期の工程での判断が、そのまま仕上がりに影響する。
田中寛人さんは、配達にも関わっている。完成した箪笥を納めた際に、お客様が喜ぶ様子が印象に残っているという。婚礼のために納める場合もあれば、見える場所に置かれることもある。

工房で作られた箪笥は、ショールームで別の形で扱われる。そこでは、完成した桐箪笥に触れることができる。
代表取締役社長の田中由紀彦さんは、会社全体を見ながら、販売や顧客対応、発信、納品の段取りなどを担っている。

もともとは工房で製作に関わっていたが、現在はその経験をもとに、桐箪笥のことを直接伝えている。
以前は百貨店や家具専門店の下請けが中心で、自分たちで価値を伝える機会は多くなかったという。そのため、実物を見てもらいながら説明できる場として、ショールームが使われている。

ショールームでは、引き出しの動きや桐の香り、組手や素材の違いなどを見せながら説明する。桐箪笥の引き出しは、湿気の多い時期に硬くなることがある。木が湿気を含んで膨らむためで、それによって中のものが守られている状態でもあるという。

「桐の箪笥って本当に呼吸してるんですよね」

湿気が多いと引き出しが硬くなり、梅雨が過ぎると動きが戻る。必要に応じて現場で調整することもある。納品して終わりではなく、その後の状態も見ていく。
田中家具製作所では、新しい箪笥の製作に加え、古い桐箪笥の洗い替えや修理も行っている。

洗い替えでは、金具を外し、熱湯で洗い、乾燥させ、傷んだ部分を修理し、仕上げ直す。割れた部分には桐材を入れ、状態に応じて直し方を変える。
田中由紀彦さんが印象に残っているのは、ある女性から依頼された洗い替えの仕事だった。

母親が嫁入りの際に持ってきた箪笥で、戦争や疎開、引っ越しを経て使われてきたものだった。依頼者は、母が嫁に来た時の箪笥をもう一度見たかったと話した。仕上がった箪笥を見て、涙を流して喜んだという。

住宅事情は変わり、クローゼットが普及し、大型の箪笥を置く家庭は少なくなっている。若い世代に桐箪笥の関心が薄れていることも課題として挙げられていた。伝統工芸は、続けていくために実際に使われる必要がある。

その中で、時代に合わせた形や仕上げにも取り組んでいる。焼き桐やオイル仕上げ、金具のないデザイン、クローゼットに収まる形など、用途に応じた製作が行われている。

ただし、製作の工程自体は変わっていない。

「作る工程は変わらないですね」

組手は手で行い、木を叩き、組み、水を含ませて膨らませることで、外れにくい構造になるという。工房の外に並ぶ桐材は、雨や風に当たりながら乾いていく。すぐに使える材料ではなく、そこから工程が始まる。

田中美志樹さんは木を見ている。
田中寛人さんは木目を合わせながら作業を続けている。
田中由紀彦さんはショールームで説明を重ねている。

原木から箪笥になるまでには時間がかかる。
そして、使われ始めてからも時間が続いていく。

岸和田の工房では、その工程の中で、日々の作業が行われている。
取材:2026年4月