九州の、宮崎と鹿児島以外を領地にして栄華を誇っていた戦国大名・大友宗麟の屋敷の庭園を再現した、大分市の南蛮BVNGO交流館。
以前も同施設を取り上げましたが、魅力を別側面から再掲させてもらいます!!
「大名の屋敷の庭園を再現?昔の偉い人の自宅を再現しただけ?それがどうしたの?」
そう思われる方も多いはず。てか、私も思います(笑)
交流館の職員さんに本日はお話を聞いてきました。
当時の大友宗麟の屋敷とその周辺というのは、豊後府内の、つまり大分県大分市中心部、そして領地であった現在の福岡、佐賀、長崎、熊本、北九州地域を含む行政と文化の中心地を意味します。北部九州政府官公街といったところでしょうか。
また、周辺には唐人町といういわゆるチャイナタウン(中華街)もあったり、キリスト教布教を許可したことで芽生えた、日本人から見たキリシタン文化もあります。
スペイン・ポルトガルから輸入された商品のみならず西洋音楽、西洋演劇などで賑わったことでしょう。
ただ、文献は数百年前より多々あれど考古学的に発見されたのはたかだか数十年前なのです。
考古学的発見の可能性が高い土地を確保し、発掘しては広げ発掘しては広げ・・・を繰り返し、現在ここまでになりました。
現在は庭園のみが完成しました。それ以外はこれからです。
国の支援を受け、今後2年をかけてどういう風に屋敷とその周辺施設等を復活させていくのかを決めていくそうです。
なお、大友宗麟の屋敷はこういう風に復活させるみたいですね。
もともと大友宗麟の屋敷は、滋賀県大津の園城寺(おんじょうじ)というお寺の施設がモデルになっており、建設のやり方をそれを参考にしていくようです。
さて、交流館内の紹介に戻ります。
こんな感じで、展示、関連書籍、大友宗麟と屋敷の概要を紹介するムービーシアター、そして南蛮風衣装を着て記念撮影できるスペースまであります。
写真の位置からは見えませんが、鏡と衣装の間に、当時使用されていた傘、日本刀、火縄銃のレプリカといった小道具まであります。
撮影したかったですが、一人で来たので・・・ちょっと恥ずかしくやめましたけどね(笑)
これから大分市に戦国都市が復活するのが楽しみです。
※行き道はちょっと複雑です。アプライドというPCショップ方面から見える「入口」と書かれた看板を目指すと良いでしょう。






