幕末から明治にかけて、大分市出身の儒学者?がいると以前から聞いていました。大分市の鶴崎にその人の記念館があるというので、行ってみました。
大分県立・大分鶴崎高校と記念館の間にこんな銅像がありました。
勝海舟ともう一人は坂本竜馬?でしょうか。
毛利空桑(もうりくうそう)とはどんな方なのか、楽しみになってきました。
江戸時代は、勉強することに制限が加えられていました。読み書きそろばんは良いとして、幕府から認められた学問以外は勉強してはいけません。
毛利空桑は主に4人から学問や武道を師事しています。
朱子学や古文辞学と、当時の江戸幕府から認められた学問の系譜の師匠を持っていますが、最終的には勤皇思想になったようです。
つまり、江戸幕府の将軍よりも天皇を尊重するということです。幕末の薩摩や長州の志士達と同じような思想です。明治時代はいいにしても、幕末にこの思想を持ち行動するのはかなり危険視されたでしょう。
実際に江戸幕府から家禄没収と除籍の処分を受けています。武士は当時公務員であり、要は給与支払い停止かつ武士としての公務員資格没収になったということです。それでも最後まで反骨精神を持ち、後進の指導にあたりました。
詩作も嗜んでいたようです。
いやあ、大分にこのような人がいたとは・・・。
地元にいながら、知らないことだらけです。












